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父の日に想いをよせて

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父の日だったのね?少し前。
ぼんやりしていたら、その日を実感することなく過ぎちゃった。

私の父親は、私が21、2才頃に亡くなっているのだけど、生前、あんまし仲が良くなくってねー・・・っていうか、心を開かないままの死別でした。

それって自分の中でコンプレックスになっていてねー
だって、早く死んじゃえばいいとヒドイことを思っていたら、ホントにそうなっちゃって、お互い心が通わぬまま、もう二度と理解し合える機会は訪れないわけで・・・
私はこのまま一生、嫌悪感やら罪悪感やら愛情不足みたいなものを持ち続けなくっちゃいけないんだと思ったとき、また父に対して憎しみが湧いてしまい、そんな自分がさらに許せなくなるという悪循環・・・

あ、ここまで読んで、不安になっちゃったらゴメンナサイ。
父が死んで10年以上たったある日、ふと、父を許せてしまったのです(おこがましい言い方だけど)

いや、それはもう、なんでもない日常の中で、自分がこの世に生きていて、子供たちも生きていて、って思ったとき、父や母が私を生んでくれたから今がある。って、素直に思えただけのことなので、劇的なことが起こったわけではないのですけど(笑)

で。
なんで父のことを書いてるかというとですね、3.11以来、原発に対して変わったことがあるじゃない?
賛美しないまでも、危険なものとも思わず、ふつーに信じていたことが、間違っていたんだって、世の中が思い始めているじゃない?

ワタシなんぞ、それまで、原発が日本に何機あるかとか知らなかったし、ときたま原発反対のデモとか起こっても、まったく無関心でおりました。

それまでは、自然エネルギーにしたらコストが高くなるとか、原発はクリーンなエネルギーだとか、いいことばかりを信じ込まされたというか、疑問を持たない自分自身にさえ、疑問を持っていなかったほど、政府の原発推進を盲信していたのです。

で、話が飛ぶのですが(よかったら、ついてきて!)

私が中学3年生のときの夏休みの宿題に、「親の戦争体験を聞き、感想を書く」という課題がありました。
父とは口もききたくないときだけに、この課題はきつくってねー
でも、自分で片付けられないじゃん。こんな宿題。
しかたがないので、父に課題の趣旨を説明してから、質問体制に入ったのですが、しょっぱなから反抗的な態度しかとれない思春期のワタシ。
第一声が「何で戦争なんかしたのっ」でした。

それ、戦前・開戦・戦時中を体験した人々で、すっと答えられる人なんていない質問じゃない。
わかっていたけど、反抗期の残酷さも加わって、戦争を止めなかった父を、戦争に行った父を、もしかしたら戦争で敵を殺したかもしれない父を、責めに責めまくった・・・

父は、反論などできす、ましてや私を説得させる言葉など一言も発せられず、ただ「時代だったんだ・・・」と言い、私ときたら、ますます、父を軽蔑して、怒りの感情にまかせ課題のプリントを投げつけたのでした。

今でも、そのときの父のうなだれた姿を思い出し、胸が痛みます。

翌日、父は、かなりの枚数の原稿用紙を私に持ってきました。
自分の戦争体験を綴ったものでした。口では説明できなかったので、一晩かけて書いたようです。

なのに、私ときたら、「ふん」といった態度で原稿用紙を受け取り、ほとんど読みもせず、そのまま学校に提出したのでした。
ちらりと目を通しただけで、悲惨な戦争体験だとわかったこともあり、読むことができなかったのですが、提出物が戻ってきたときに読めばいいやと軽く考えてもいたのです。

ところが。3年の二学期の開始に提出したそれは、手元に戻ることなく卒業。
15の頃は、一番反抗が酷かった頃で、いつしかその原稿の存在も忘れていました。

今ね、あの3.11以来、原発に対する意識がコロっと変わってきている日本と、第二次世界大戦に巻き込まれた頃の日本を重ね合わせたりしています。

父が書いた戦争の原稿、読みたいな。
どんなことが書いてあったのかな。
あの日、父が語れなかった想いを、今なら、素直に受け止められるんじゃないかな・・・

(父の日と、反抗期と、原発と、戦争と、、、まとまりのない文、最後までお読みいただき、ありがとうございました)

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コメント

はじめまして、ですが、密かなWhokoさんファン。ずっと、拝見させてもらっています。

 切ない思い出ですね。
反抗期とは、残酷なもので、私も離婚した母への反抗は今、思い起こすと相当なものでした。
「今に、あなたも親になったら、そうなるわよ!」と言われたとおり、娘の反抗も相当なものでした。

 母は東京大空襲で親兄姉を亡くした戦災孤児。その話を幾度か聞かされてましたが、子供の頃は聞く耳をもっていませんでした。

 産まれてくる時代は選べない、親たち世代は自分たちでは
どうすることもできない悲しい時代を生き抜いてきたことを
、思いやる余裕もなかった自分を悔やみます。

後悔することが、大切なのかなって、そうやって、一歩前進するのかなって思います。

投稿: レオゴン | 2011.06.22 12:41

■レオゴンさん

はじめまして!コメントをありがとうございます。

「産まれてくる時代は選べない」

辛い時代を生き抜いた世代にも、3.11以降の世界を生き抜いていく、子供たちに対しても言えることですね。

>後悔することが、大切なのかなって、そうやって、一歩前進するのかなって思います。

はい。後悔してからでないと気がつかないことというのもあります。

私は、父が好きだった食べ物を見ると、父のことを懐かしく思うようになりました。
その感情は切ないけれど、愛しくもあります

投稿: whoko | 2011.06.22 15:21

「ふーん」と思いながら読んでいたら、
「んぐぐ、」と思わず、泣き声をあげてしまいました。

素敵なお父様です。

そして、こんな風に父親を振り返られるなんて
素敵なムスメさんです。

投稿: juna | 2011.06.23 10:17

私も、18歳の頃に父親を亡くしたので、心開かないで、もう、会えなくなりましたね。私も、whokoさんと似ている感じです。

親となって、初めて感謝しました。すでに遅し(笑)
原稿は悔やまれますね。今だったら素直に読めるのに。。

今日は、慰霊の日です。沖縄では、学校は休日で、黙祷を捧げます。

静かに戦争体験を語ったおばぁ~の記憶をたどって、子供たちにも伝えないとなぁ。。

投稿: 瞳紋代 | 2011.06.23 11:18

■junaさん

わぁ、ごめんなさいm(_ _)m
ちっとも素敵じゃない父娘エピソードで泣かせてしまうなんて

でも、父は、junaさんに素敵なお父様と言われ、天国でニンマリしてるかもしれません
ありがとうございます

投稿: whoko | 2011.06.23 12:19

■瞳紋代さん 

そっか、瞳紋代さんもでしたか。。
原稿ね、けっきょく読むことができなかったのに、父のその行為が、私の中で忘れられぬことになっているのが不思議です。

沖縄では今日が「慰霊の日」なんですね。
たくさんの犠牲者が出てしまった沖縄。
8月の終戦記念日より前の6・23を太平洋戦争における沖縄戦の終結した日として、慰霊の日に制定か…

どうも本土にいると、そういうこと知らなかったりします。
教えてくれてありがとうございます

投稿: whoko | 2011.06.23 12:34

はじめまして

わたしは長いこと「あの時、ああすればよかった」「こう言えばよかった」と考えることは、「後悔」といって後ろ向きで良くないことだと思いこんでました。

わたしは若い頃のできごとに、「今ならこんなふうに言えたのに」「もっとうまくできたのに」と振り返ることはたっくさんあります。でも、今それらを実現することはしなくても、する必要もないのかなと思うのです。

「今ならできる」っていうことが一番大切で、以前と違うそんな自分自身になっていることに意味があるんじゃないかなって思うようになったからです。

今ならおとうさまの原稿がちゃんと読めるWhokoさん。読むことができないのは残念かもしれないけれど、今のお気持ちがとてもすばらしいことなんだとわたしは思います。

神様(何も信仰してないけど)は、できない試練までWhokoさんに与えてないと思うもの。
できるとこまでで、十分だと思います。

はじめましてなのに、生意気言いました。

投稿: kasumi | 2011.06.24 03:28

■kasumiさん

嬉しいコメントをありがとうございます。

>以前と違うそんな自分自身になっていることに意味があるんじゃないかな


私もぼんやりとそんなことを考えながらコレを書いたのです。
そりゃー後悔しないほうがいいし、ましてや人を傷つけた過去は、自分自身を損なってしまいます。

でも、あの時の自分はそうすることしかできなかった…というのも、また事実で…

自分の気持ちが変われたとき父に、
遅くなったけどゴメンネ、少しは素直になれたよ、パパが私のお父さんでよかったよ…ありがとうね、と思えたのです。

そして、親とかのことだけでなく、

「今は理解し合えないことがあったとしても、自分がこの世界から消えた後に、もしかしたら、届く想いというのもあるかもしれない」

なんて思えるようになったのは、年を重ねて得た一番の収穫かもしれません

>はじめましてなのに、生意気言いました。

↑とんでもない!生意気なんかじゃないし、心から書いてくださったこと、心に響きました

投稿: whoko | 2011.06.24 09:46

whokoさん、こんにちは。
先日、読んだ後にコメントしようと思ったのですが、上手く言葉に出来ず、読み逃げしてしまいました。

私と父との関係ではないのですが、かなり長い間、許せない、と思っていた人がいました。が、whokoさんと同じように、ふっと、彼女も理由があったんだろうな。。と、許せてしまったのです。
そしたら、10年以上音沙汰のなかった彼女から、ハガキがきたんです。本当にびっくりしました。彼女はそういうキャラじゃなかったし。。。

私はスピリチュアルとか、よく分かってないんですが、想いって確かに届くのかもな、とその時思いました。
だからwhokoさんのお父様にも届いていると思います。

投稿: puppy | 2011.06.25 21:26

■puppyさん

ありがとうございます。
私もね、スピリチュアルなこととかピンとこないヒトなのですが、肉体は寿命がつきたら存在しないけど、想いは未来へ届くんだなと思います。

お友達のこと、嬉しい不思議体験ですね☆
なんか、ほんわりしてきます

投稿: whoko | 2011.06.27 09:40

はじめまして。

今までずっと楽しく読み続けていましたが今回初めてコメントします。
お父様のお話、グッとこみ上げてきました。

実は・・・
私の父は2年前に天国に行きました。
生前は厳格な父と、おおざっぱな私とでは、ケンカはしなくても、口を交わす事がとても少ない親子でした。
細かい事にいろいろ口を出す父に「早く死んじゃえ」
って、思ったことも何度か・・・大人になっても私は反抗期の子供のような態度をしていたと思います。
でも、その父が病気でどんどん痩せて小さく弱って行く姿にどう声をかけていいのかわからないまま。逝ってしまいました。
今も思い出すたびに涙が溢れ出ます。
2度と喋る事ができないと思えば思う程、私は親不孝してしまいました。
なんで、言う事きけなかったんだろう・・・
父が亡くなる少し前、私はバセドウ病とパニック症になってしまいました。弱って行く父を見て、今日死んじゃうんじゃないか、もしかしたら明日かも・・・と、常に不安に押しつぶされそうになっていたからではないかと思います。
きっと、自分が素直ではなかった事がいけないんだとわかっていたから・・・

後悔先に立たず・・・
親孝行したい時には親はいない・・・(by親戚のお姉さん)
・・・の言葉がドシーンと心にのしかかっています。

親友にも夫にも誰にも話せなかった気持ち・・・ここで話せてとても楽になりました。
ありがとうございます。

これからも楽しく読ませていただきます。

投稿: しあん | 2011.06.30 14:40

■しあんさん

はじめまして。コメントをありがとうございます

弱っていく親を前にすると、かえって素直になれい複雑な感情、私もありました。
今まで反発していたのに、病気になったら急に優しくしたら、偽善みたい・・・とか、自己満足だけにしかならないんじゃないか、などなど、へんにいろいろ気を回し過ぎちゃったりしました。

自己満足でもなんでもいいから、とにかく優しくしなさいと、あの頃の自分に言えるものなら言いたいです

でも、しあんさんも私も、楽しんだり落ち込んだりしつつ今を生きてる。
そんなことでも、親にとっては嬉しいことなのではないかしら・・・なんてことを、親になった私は思うのです

投稿: whoko | 2011.06.30 16:35

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